タッチオブスパイス感想と、イスタンブール
「タッチ・オブ・スパイス 」A TOUCH OF SPICE (Politiki kouzina) ギリシャ映画史上No.1の観客動員数を記録した2003年【ギリシア・トルコ】映画を見ました。この映画は「イスタンブールを如何に監督が愛していたか?」ってのがひしひしと感じられる映画でした。私も昔イスタンブールとギリシャに行った事があったので、行った場所が色々映画で出て来て懐かしかったです・・。それと、私は元々スパイスとかが大好きなのもあって、スパイスとエピソードをユーモア含めて描かれている部分は、とても楽しく面白く感じました。しかしながら、内容は?というと、ニューシネマパラダイスとよく比較されるのも、ちょっと解る展開でしたが、おじいさんと主人公の2人の関係がそれほど濃く表現されていなかったのが、ちょっと物足りなかったものの、色々な伏線やセリフが、なかなかどうして良い映画だな~って思いました。
感動は無いけれど、割と楽しめる佳作作品という印象でした。 下は自分が今から18年前イスタンブールでバスの中から撮った下手な写真です。
isutan

そういえば、トルコ映画って一つしか見たことがなくて、それは「路」ユルマズ・ギュネイ Yilmaz Guney監督 という映画で、1982年カンヌ映画祭でグランプリと国際批評家大賞を同時受賞した作品でして、これ、私はどうやら1985年に見に行った様です(記憶があいまいながらも、85年の新聞広告の切り抜きが残っていたんです@@ 同時上映が「みつばちのささやき」だったんですな。
 こちらをクリックすると、写真が大きく表示されます→miti mitubati
  右下角が「路」広告です

あと、ギリシャの家族を描いた映画と言って思い出すのは、『マイ・ビッグ・ファット・グリーク・ウェディング』とテオ・アンゲロプロス、それくらいしかイメージが無かったのですが、この「タッチオブスパイス」は、むしろギリシャというよりは、トルコに愛着を持つギリシャ人の映画でした。それでも、ギリシャで大ヒットNO1映画になったんですよね^^
実際に監督のタソス・ブルメティスは、1957年イスタンブール生まれ。1964年に国外退去命令によって家族と共にギリシャに移住した経験の持ち主。『タッチ・オブ・スパイス』の主人公ファニスの経験は、監督自身の体験でもあるそうなんですね・・・「30年後、イスタンブールに旅行して、家族で住んでいた家や父の店、祖父が経営していた雑貨店を訪ねました。通っていた小学校では、当時私に教えてくれていたエミリア先生がドアを開けてくれました。30年ぶりの再会です。彼女と同様に、私の二人の祖父もこの土地から離れなかった。共にイスタンブールで生まれ、イスタンブールで亡くなったんです」 (映画公式サイトより文を使わせて頂きました)

それにしても、トルコにいても、ギリシャにいても・・って処は、切なかったです。世界中どこでも、お隣同士の国って過去を遡ると、色々な事件、複雑な思い、がありがちですね・・・トルコとギリシャ(特にイスタンブールは)って、ほんとにすぐ側、すぐ近くなので、近すぎるってことでトルコは首都をイスタンブールじゃなくて、アンカラにしたそうです。トルコ・ギリシャ回りの位置関係解る簡単な地図ウィキペディア(Wikipedia)より

実際自分が行ったイスタンブールの印象は、何といっても、あの有名なブルーモスクに尽きます。(上・一番下写真)ガラタ橋・・だっけな??から見えるブルーモスクとあのミナレット(モスクの尖塔)が、何とも言えないエキゾチックさをかもし出しています。晴れた日よりも、どんより曇った日や、ちょっとガスがかかった時に、あのモスクと街並みの雑踏がミックスされた風景が素敵でした。トルコのモスクは、この尖った尖塔が特徴的ですよね。トルコタイプのモスクの職人さんが、東京代々木上原に日本最大のモスクを作られているんです。ずっと前から見に行こうと思いつつまだ行けてないので今年こそは必ず行って来ようと思っています。(電車の中からはいつも見ていますが) ==>行って来ました(^O^)日本最大のモスク「東京ジャーミー」探訪と、日本最古の神戸モスク

ガラタ橋の側には、取り立て・揚げ立ての魚のサンド屋台が並び、活気がありました。イスタンブールって東側がアジアで、西側がヨーロッパという、特異な地理でして、片方は古い街並みが残り、もう片方は新市街と趣も異なっているんです。映画に最後の方で主人公が乗った船 ボスポラス・クルーズ 私も乗ったことがありました。そのうち、ギリシャとトルコ旅行(ツアーですが)の文もブログで書こうと思っています。

タッチ・オブ・スパイス 」A TOUCH OF SPICE
製作総指揮: ロバート・カービー/ハリー・アンドノプロス プロデューサー: コスタス・ラブロプロス 監督・脚本: タソス・ブルメティス 撮影: タキス・ゼルヴラコス 美術監督: オルガ・レオンディアドゥ 音楽・指揮: エヴァンシア・レブツィカ 出演: ジョージ・コラフェイス/タソス・パンディス/マルコス・オッセ/タマール・カラダリ/バサク・コクルカヤ/イエロクリス・ミハイリディス/レニア・ルイジドゥ/ステリオス・マイナス
あらすじ・内容)2003年のギリシャ。祖父のヴァシリス(タソス・バンディス)がやってくると知らせを受けたファニス(ジョージ・コラフェイス)とその一族は、彼を向かえる準備でおおわらわとなる。1950年代から60年代にかけてのギリシャとトルコの争いの中、トルコ政府の命令によってギリシャ人はコンスタンティノーブルから強制退去となり、まだ幼かったファニス(マルコス・オッセ)の一家もアテネに移住。ヴァシリスはすぐ後を追いかけてくることになっていたが、未だ実現していなかったのだ…。(増當竜也)文はamazonより

学生時代「飛んでイスタンブール」って曲が流行っていたり、世界史で、コンスタンチノーブルがイスタンブールに変わったとかっていうのを習っていて、漠然と、2つともカッコイイ名前の町だな~(お馬鹿だな~(^^;))なんてぼ~っと思っていて。おおまかな歴史・名前の変化についての文は、すっかり忘れてしまっていたので、自分の為に一番最後に載せておきます(^^;)

イスタンブールの歴史
イスタンブールは1930年に正式にコンスタンチノーブルから改称されました。324年には帝政ローマの首都となったが、673~678年にアラブ人に、813年と913年にはブルガリア人に、そして1203年と04年の2回にわたって第4回十字軍に占領された。1453年にコンスタンティノープルがトルコ人の手におちると、街はオスマン帝国の首都になった。1918~23年には、イギリス、フランス、イタリアにも占領されている、1923年に新しく建国されたトルコ共和国がアンカラを首都にして現在に至っている。
(名前の推移)
ビザンチウム (203年:ローマ帝国がここに競技場を建設)

コンスタンチノーブル(325年:コンスタンチヌス帝がここに遷都アヤソフィア教会を建設)

イスタンブール   (1453年:トルコ帝国ここに遷都、アヤソフィアにミナレットを付けイスラム教のモスクとする アヤソフィアの内壁には、キリスト教の絵を塗りつぶしてイスラム教のモスクに変えた後がはっきり解る様になっています。(今は塗りつぶされたキリスト教の絵が見える様になっています)

isutan
【2006/03/28 08:41】  コメント(0) | トラックバック(1) | 国籍微妙・他国
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A Touch of Spice
communication 101 (2006/05/07 22:35)
“スパイス”のようにエスプリが効いていて、非常に印象的な映画。監督のタソス・ブルメティスは、1957年イスタンブール生まれで、1964年に国外退去命令によって家族と共にギリシャに移住しており、主人公ファニスの経験は、監督自身の体験のようだ。映画から生まれ育った地


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